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東日本大震災記録

3.11東日本大震災について No8

東日本大震災記録

2024田圃に雁や白鳥が餌を求めて飛来し、長閑な風景の中で時間が過ぎています。

しかし、同じ時間の中で、苦しみ辛い日々を過ごしている人が数多くいます。

今まで、東日本大震災での経験を掲載してきましたが、お役に立てていますでしょうか?すべてが初めての経験で右往左往してきました。「経験は最大の防御」だと思うと同時に、経験がない場合でも「知識は経験に匹敵する」ことも分かりました。暗く辛い話が多く、辛い方もいるかと思いますが、少しでもお役に立てるようもう少し経験記録を掲載していきたいと思います。 2011.8.11義理の兄は、関連死にはなりませんでしたが、震災当時、JA登米に務めていましたが肥料調達が難しく、朝から夜遅くまで働き、早朝、くも膜下で倒れ、そのまま息を引き取りました。関連死にはなりませんがもっと多くのサポートがあれば死なずに済んだと思っています。一次避難、二次避難、三次避難を計画的に推し進める必要があると思いました。二次避難は特に姉妹都市や、学校であれば姉妹校などを決定しておけばより早く対応が進むと思いました。

3.11東日本大震災についてNo8 (震災3週間後)  2011.4.3(月)

震災が起きてから3週間が過ぎ、避難所には十分なほどの支援物資が届いております。ボランティア団体も少しずつ現地に入り出し、以前よりは落ち着いて参りました。

しかし、依然大変な生活を余儀なくされている人々が多くいます。私の活動も燃料費も自費で行っていたため継続は難しく、また、4月21日から始業式が始まる事から、ボランティア団体に問題点を理解していただきながら現地への物資輸送はお願いしなければならないと思っていました。しかし、仙台市内の高校でも津波の被害で校舎が全壊し、ソフトテニス部員はラケットも何も残っておらず普段の着替えさえ残っていない状態の選手がいます。閖上という地域の近くに宮城県農業高校がありますが、昨日生徒と一緒に状況を見て参りました。あまりに凄まじい光景を見てきた生徒は何とかしてあげなければと言い合っていました。被害に遭った宮城県農業高校・石巻工業高校・石巻商業高校・志津川高校などの生徒が今も練習が再開できていません。

 そこで、5年前に「オンリーワンのコートからナンバーワンの選手を」というテーマを掲げ、自力でナイター付き手作り人工芝コート4面を建設し、団体で5年連続東北大会出場・個人で4年連続インターハイ出場を成し遂げ、初の全国選抜大会出場を成し遂げたコートで合同練習会を開催することにしました。しかし、宿泊施設が必要になるため、手作りコートの近くにある空き家を見つけそこに、「ソフトテニス部避難所」を開設したいと考えました。持ち主を探したところ神戸の震災を経験した神戸の方が所有していたもので、旦那様が亡くなって神戸に戻っていました。すぐさま電話をかけ事情を話したところ、すぐに「自由に使ってください」と快く引き受けていただきました。震災を経験したからこそその辛さを理解していただけたとその優しさに感謝致しました。このことからも空き家対策の一つとして考えて頂ければと思います。

通常だと2ヶ月後に高校総体が始まるのですが、(県総体開催を遅らせるか、無くすかという状態でした。)津波被災した高校のソフトテニス部員を救済しなければ高校総体は開けないという理由からでした。高校総体実施に向けても急いで合同合宿の実施に踏み切りました。最寄りの貸し布団屋から布団を40セット寄贈して頂きました。これから届く物資は現地の周辺地域へ持って行くものと、ソフトテニス部避難所で活用するものに分けて活用しました。米や食料品、野菜などを合宿活用し、ラケットやユニフォームなども寄付をしていただき、練習球などを提供していただきました。期間は始業式が始まる2週間を目安に考えておりますが、状況によっては一ヶ月以上になるかもしれませんでした。長期にわたっても良いように多くの方々の支援を依頼しました。絶対無二の一球は絶対無二の一生に繋がると言うことを改めて教えられたこの大震災でした。生きている生徒の、一生に一度のチャンスを台無しにすることは、命を落とし、やりたくても出来ない人達に対して申し訳ないことだと思い、練習のチャンスも、教育を受けるチャンスも絶対になくしてはならないと思いました。

生徒たちは瓦礫の中で生活をしており、は精神的に追い込まれていました。家の片付けや家族の手伝いがあるかもしれませんが、テニスが出来る環境を与え、精神的ケアーをしていくことが必要だと思いました。子供の笑顔を取り戻すために。

 本日の物資は仙台商業高校職員からや姪の職場から大量の衣類を頂きました。また、買い物先で事情を聞いた方が「これを持って行ってください」とその場で物資を渡してくれました。多くの方の優しい心に触れることが出来、幸せな気分になることが出来ました。